「人の言」

或る人曰く。陰悪ある家必ずしも衰へず、されども衰へたる家を観れば十に八九は陰悪
ある家なり。陰徳ある家必ずしも栄えず、されども勃興する家を観れば十に八九は陰徳
ある家なり。

樹を植うれば樹は其の植ゑたる人に報ふなり。徳を積みて徳の報はざる理なし。これを

想へば富を成すの道は徳を積むところより手を着くべし。此の事、迂に似て決して迂なら

ずと。(「洗心録」幸田露伴著より)

昭和三年刊行の名随筆集として版を重ねた幸田露伴先生の本です。露伴が得意とした
美文調の文章や深い蘊蓄のある文章に接すると、俗化が自ずと去ってしまいますね。
さすがに明治大正昭和を駆け抜けた文学界の巨人だけはあります。

明治の三文豪と称される森鴎外や夏目漱石と比較するとやや影がうすい印象をもつ
露伴ですが、全集41巻の外に別巻上下に網羅された文学の生涯はさすがに「百年
に一度でるほどの大文学者」という言葉を裏付けるものです。